『クレスコ』

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クレスコ

〈2024年12月号 11月20日発行〉

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【談話】『改訂特別支援学校学習指導要領の告示にあたって』

                 2009年 3月 9日 全日本教職員組合 障教部部長 杉浦 洋一

 文部科学省は、3月9日改訂特別支援学校学習指導要領を告示しました。特別支援教育制度のもとで各地の特別支援学校では、人的配置のないセンター的な機能の義務づけ、障害種別を超えた特別支援学校化の実質的な進行、教育内容に対する管理・統制の強化などがすすみ、実践的な困難が広がっています。今回の改訂は、これらの困難を解決するどころか一層深刻にするものです。

1.今回の改訂の目的は、改悪教育基本法、改悪教育3法の具体化です。改訂指導要領の中では、改悪された教育基本法や学校教育法の目標の達成を目指す教育を行うことが随所でくりかえし強調されています。
 
2.実施時期は異常で乱暴です。幼稚部は4月からの全面実施、小学部・中学部の総則、自立活動は4月から、各教科は小中学校に準じて4月から先行実施などと教育活動のほとんどについて告示されてわずか20日後の2009年4月からの実施を求めています。高等部についても2010年度からの先行実施がはじまります。
 
3.実施方法も異常で乱暴です。文科省HPでは、すでに小・中学校指導要領の4月からの先行実施に向けて教員用のチェックリスト、保護者用のビラが掲載されています。特別支援学校においても同様の対応をするのでしょうか。また、文科省は全教員に改訂学習指導要領の冊子を配布するとしています。各学校が実践の総括や子どもたちの実態をていねいに論議しながら作成している教育課程編成を、強引に上意下達でつくりかえようとするものです。
 
4.すべての子どもたちに個別の指導計画の作成が義務づけられました。学習指導要領準拠の教育を一人ひとりに応じて実施することを目的とするものです。また目標の数値化(評価しやすい具体的な目標設定)と目に見える結果の評価を求めたり、短期的な目標設定と成果による評価サイクルがすでにいくつもの地域で推進され、それを実践評価や教職員評価に結びつけようとする動さえ見られます。私たちは、一人ひとりの子どもの実態を教職員集団で共通理解し、中心的課題を明らかにし、保護者ともねがいを共有し、多様な子どもたちの参加する集団的教育や多くの教職員による共同の実践を支える目的で、個人毎の教育計画の作成を大切にしてきました。今回義務化される個別の指導計画は、このような教育計画とは全く異なり、障害児教育の質を変えてしまう危険性を持つものです。
 
5.すべての子どもたちに個別の教育支援計画の作成が義務づけられました。2月12日に出された文科省の「特別支援教育の推進に関する調査研究協力者会議」(審議の中間とりまとめ)では、就学指導のキーワードとして「個別の教育支援計画」を掲げ、①市町村教育委員会が就学移行期の個別の教育支援計画を作成すること、②単に就学の場を決定するための資料ではなく、「当該児童に最もふさわしい教育支援の内容や、それを実現できる就学先等を決定する」こと、③就学先の学校では「これを基にして個別の教育支援計画を作成、活用する」こと、④就学後は、就学先の学校が作成する個別の教育支援計画を定期的に見直すこと、教育委員会が必要に応じて就学先の学校が作成する個別の教育支援計画の見直しに参画することなどが記述されています。行政がするべき教育条件整備と、学校が行うべき子どもにあった教育内容づくりをあえて区分せず、学校における教育内容・方法を教育委員会が定め指示し、教育内容づくりにかかわる学校と教育委員会の関係を根本的に転換する危険を含んでいます。一人ひとりの障害児の総合的な権利保障のために、福祉、医療、労働などの関係機関が、それぞれの機能を発揮しながら連携をすすめることは重要ですが、想定される個別の教育支援計画はそれとは大きく異なるものです。個に応じた教育の名で、上からは学習指導要領にもとづく個別の指導計画、下からは教育委員会が作成する個別の教育支援計画によって、障害児教育の内容ががんじがらめにされてしまうことを危惧します。
 
6.今回の改訂では、道徳教育がとりたてて強調されています。道徳の時間を要として、学校の教育活動全体を通じて行うとし、各教科、外国語活動、総合的な学習の時間、特別活動及び自立活動のそれぞれの特質に応じて、発達の段階を考慮し、適切な指導を行わなければならないとしています。知的障害児についても、「適切に指導の重点を定め、指導内容を具体化し、体験的な活動を取り入れるなどの工夫を行う」ことを求めています。教育基本法や学校教育法にもとづく徳目押しつけの内容を強調し、小学部で「善悪を判断し、人間としてしてはならないことをしないようにする」ことなどまでをあげています。「問題行動の中に発達要求を見出す」ことなども大切に、子どもたちの真の願いを聴き取り、子どもたちの伸びようとするねがいを信頼しながら市民的社会的道徳の育ちをはぐくんできた障害児教育実践とは根本から異なるものです。
 
7.自立活動において人間関係の形成の区分が設けられ、全体が6区分26項目となりました。多様な視点からていねいに分析をすすめることが求められています。改訂内容とりわけ予定される解説書の内容に対する地域・職場からの幅広い論議・検討を呼びかけます。教育と障害による困難の軽減克服の課題との区別と関連、各地で現に進行している教育施策と指導要領の文言との齟齬、教職員の労働実態及び指導要領で求められる職務と使用者の労働管理・作業管理責任との乖離などにも目を向けることが必要です。子どもの全体的把握の中に自立活動を位置づける方向を示していますが、個別の指導計画の短期目標強調や、PDCAサイクルによる評価と指導改善はそれを狭めるものです。今回の改訂には国際的な障害把握(ICF:WHOの国際生活機能分類)の反映が見られます。各地の教育行政では、個別の指導計画の形式的な押しつけ、特定の指導手法の強要、教育内容への管理統制などの異常な実態が進行していますが、今後冊子化される指導要領解説書では、「個別の指導計画作成の手順や様式は、それぞれの学校が適切に作成すべきであること」「自立活動の区分が指導のまとまりを意味するわけでなく子どもを全体的にとらえ指導を再構築することが必要であること」「現在の状態だけでなく、そこに至った原因を明らかにすることの大切さ」「特定の理論・方法を機械的に当てはめることを戒め、教育の観点から実態に適合した指導の創意・工夫を強調していること」などの記述が想定(文科省の教育課程説明会資料)されます。各地の乱暴な教育行政とたたかう際に根拠となり得る要素をも含んでいます。各学校が主体となった障害児教育前進のためのしたたかなとりくみが求められています。
 
8.就労のための教育が強調されています。知的障害児の高等部専門教科として「福祉」が新設されました。また、地域や産業界と連携し、「産業現場等における長期間の実習を取り入れるなど就業体験の機会を積極的に設けるとともに、地域や産業界の人々の協力を積極的に得るよう配慮する」ことが明記されました。すでに「デュアルシステム」などの名称で、学校のカリキュラムだけでない会社の経営に併せた生徒の職場実習がすすめられている地域も見られます。障害児の権利としての進路・就労保障、働く力の育成ではなく、企業が求める人材育成に特化する「かつての特殊教育」に逆戻りさせられないよう注意が必要です。「権利としての教育」「人格の完成」「青年期を輝かせる」ことをはじめ、私たちが大切にしてきた高等部教育の到達点に立って、あらためて父母・教職員の合意を広げることが求められています。
 
9.障害種別を超えた子どもたちの教育課程のあり方は示されませんでした。特別支援学校制度のもとで、すでに多くの学校では実態として多様な障害種別の子どもたちが増えています。教育部門設置に必要な人的保障が国段階で制度化されなかった下で、学校が主として対象とする障害種別以外の障害のある子どもたちの教育が、個に応じた対応のみに矮小化される危険性があります。学校行事や特別活動などを含め、教育課程づくりや、同一障害者集団のとりくみなどを含めた各学校におけるていねいな検討が必要です。
 
10.特別支援学校が地域において特別支援教育のセンターとしての役割を果たすように務めること、そのための校内体制を整備することなどが明記されました。人的配置などの条件整備がすすまぬ中で、在籍児の指導を削ってでもセンター的機能を強化することを求めるものです。
 
11.今回の改定でも、教育課程編成の主体が学校であることを明記せざるを得ませんでした。これは日本の教育の到達点でもあります。子どもたち、父母・国民に責任を負い、教育を創る主体は学校です。私たちは、各学校で積み上げてきた教育を出発点に、子どもたち理解を一層深め、障害のある子どもたちが人間として、主権者として豊かに成長することを育むための教育をすすめます。私たちは告示された学習指導要領改定の問題点の批判検討をすすめるとともに、子どもたちを中心におき、すべての教職員と父母の合意を生み出しながら、学校の主体性を大切にする教育課程づくりを一層推進するものです。

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