『クレスコ』

現場から教育を問う教育誌

クレスコ

〈2024年12月号 11月20日発行〉

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【見解】『特別支援教育の推進に関する調査研究協力者会議「審議の中間とりまとめ」——「特別支援教育の更なる充実について」について』

                 2009年 2月18日 全日本教職員組合 障教部部長 杉浦 洋一

1.文科省は2月12日、「特別支援教育の更なる充実に向けて〜早期からの教育支援の在り方について〜」(特別支援教育の推進に関する調査研究協力者会議:審議の中間とりまとめ)〔以下、中間まとめと表記〕を報道発表し、HPで公表しました。
 
2.この中間まとめは、教育内容づくりにかかわる学校と教育委員会との関係を根本的に転換する位置づけを「個別の教育支援計画」に与えることなど重大な問題をもっています。
 
3.以下、この報告のいくつかの内容と問題点について記述します。全国の地域・学校での早急な検討・論議をよびかけます。


【「個別の教育支援計画」について】 
 
4.中間まとめは、①早期からの教育相談・支援の充実、②就学指導の在り方、③継続的な就学相談・指導の実施、④居住地の小・中学校とのかかわり、⑤市町村教育委員会等の体制整備、⑥障害者の権利に関する条約の6項目について記述し、それらを貫く中心軸に、「個別の教育支援計画の作成・活用」を位置づけています。
 
5.就学指導のキーワードとして「個別の教育支援計画」を掲げ、①市町村教育委員会が就学移行期の個別の教育支援計画を作成すること、②単に就学の場を決定するための資料ではなく、「当該児童に最もふさわしい教育支援の内容や、それを実現できる就学先等を決定する」こと、③就学先の学校では「これを基にして個別の教育支援計画を作成、活用する」こと、④就学後は、就学先の学校が作成する個別の教育支援計画を定期的に見直すこと、教育委員会が就学先の学校が作成する個別の教育支援計画の見直しに参画することなどが記述されています。学校における教育内容を教育委員会が定め指示し、教育内容づくりにかかわる学校と教育委員会の関係を根本的に変更する危険な内容です。
 
6.市町村教育委員会の作成する個別の教育支援計画の記述内容は、障害の状態、教育的ニーズ、保護者の意見、就学先の学校で受ける指導や支援の内容、就学先の学校、関係機関が実施している支援の内容等としています。
 
7.また作成する範囲は、小学校に就学する障害のある子どもを含め、障害に応じた教育支援を必要とする者とし、当面は、(特別支援学校の)就学基準に該当する程度の障害がある場合に原則として作成するとしています。
 
8.行政がするべき教育条件整備と、学校が行うべき子どもにあった教育内容づくりをあえて区分せず、教育条件整備への責任をあいまいにし、教育への管理・統制によって「特別支援教育」を推進する教育行政へと、一層傾斜させていく意図を感じます。
 
9.私たちは、子どもたちの全面的な権利保障のために地域における関係機関の連携の課題を重視してきました。この間も、各地では学校と寄宿舎と児童相談所が連携し、虐待を受けている子どもの生活と発達を保障するとりくみ、通常高校・当該生徒の保護者・福祉事務所・市の福祉課・ハローワーク・障害者支援センターなどが連携し障害のある高校生の就労・進路を保障するとりくみなど、地域における関係機関が連携し、それぞれの持てる力を発揮しながら、一人ひとりの障害児の全面的な権利保障を実現するとりくみが蓄積されてきています。今回の「個別の教育支援計画」は、このような障害児の人権保障を目的に、関係機関が対等平等に、それぞれの持てる権能を発揮しながら連携・協力しあう営みとはまったく無縁のものです。
 
【早期からの支援と就学指導について】 
 
10.中間まとめでは、障害の早期発見や、早期からの発達に応じた必要な支援の必要について触れています。
 
11.就学先の決定について、「今後、就学基準に該当するか否かに加えて、障害の状態から必要とされる教育的ニーズ、保護者の意見や教育、医学、心理学等専門的見地からの意見、学校や地域の状況等を市町村教育委員会が創造的に判断して、本人の教育的ニーズに対応できる学校を就学先として決定するようその手続きを改めることが適当」としています。
 
12.さらに就学する学校の決定について、「制度としては義務教育を実施する責任を有する教育委員会において最終的に就学先を決定することが適当であると考える」としています。これは、障害者権利条約の批准にかかわって、学校教育法施行令第5条1項の特別支援教育の就学基準に該当する者への就学通知が市町村教育委員会からではなく、都道府県教育委員会から出されている現行の手続き既定が、障害者への「異別取り扱い」だする一部の人々の主張を反映したものと考えられます。しかし、県立特別支援学校の設置や教育条件整備に責任を負っているのは、都道府県であり、中間まとめの方針は、就学先の決定者と教育条件整備責任機関が異なるという重要な問題点を含んでいることに注意することが必要です。
 
【特別支援学校に就学した場合の居住地との小・中学校とのかかわりについて】 
13.特別支援学校に就学した子どもたちの居住地の小・中学校に副次的な籍を持つ東京の副籍、埼玉の支援籍などの事例をあげ、このようなとりくみを促進するために、国が指針を示すことや、モデル事業を行うことを記述しています。東京や埼玉のとりくみにおいて、副籍学習時の付き添いなどの条件整備だけでなく、学校としての教育課程編成の問題、子どもの発達の観点からの教育計画のあり方、40人学級や競争と格差づくりの教育など通常学級の条件整備や課題の解消など、たくさんの問題点が浮上していることにも目を向けることが必要です。
 
【市町村教育委員会等の体制整備について】 
 
14.就学指導委員会の委員に専門性の高い人材を配置すること、教育委員会と首長部局との連携、複数の市町村教育委員会が共同で就学指導委員会を設置するなどの体制整備の促進などについて触れ、必要な財政措置の検討の必要性にも触れています。多くの地域で市町村教育委員会における障害児教育に対する無理解の実態が指摘されている中で、市町村教育委員会の体制整備は重要な課題です。しかし中間まとめの記述内容には、現状改善にいたる現実味や決意が伝わってきません。
 
【障害者の権利に関する条約について】 
 
15.インクルーシブ・エデュケーション・システムの解釈が重要だとし、「障害者が、精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させることを目的(前提)に」「特別支援学校の存在を認め」「障害のある子どもとない子どもとが可能な限り同じ場で教育を受けられるようにすることを求めている」としています。この基本的な見方は、私たちの解釈と大きく異なるものではありません。しかし可能な最大限度までの発達を保障する教育条件整備への方向性をまったく持たずに「個別の教育支援計画の作成・活用を通じて、特別支援教育の一層の充実を図っていくべきことを内容とする今回の提言は、本条約の『インクルーシブ・エデュケーション・システム』の実現に沿うもの」となると、大きな疑問を持たざるを得ません。
 
【今後検討すべき課題について】 
 
16.中間まとめは、今後検討すべき課題として、①特別支援教室構想を含めた義務教育段階における特別支援教育の在り方、②特別支援教育に関する教員の専門性向上方策、③後期中等教育段階における特別支援教育の充実方策等をあげ、今後継続して検討するとしており、今後とも動向を注視する必要があります。
 
【私たちのとりくみ方向】 
 
17.これまで見てきたように、中間まとめは重大な問題点を持っています。一方、意見募集などについては触れられていません。私たちは今後の制度化に向けては、学校現場からの意見を十分に踏まえることを求めます。各地域・学校での批判的検討をすすめ、問題点を共有し、学校・地域からの合意づくり、意見表明をすすめます。多くの市町村教育委員会の現状を見るならば、「就学移行期の個別の教育支援計画」は表面的・形式的なものになることは容易に想像されます。障害児学校・学級、通常学級での障害児の教育が、実質的で豊かなものになるか、安上がりに形骸化させられるかは、基本的には学校づくり、実践づくりにかかっています。私たちはこの中間まとめに対しても、学校づくり、実践づくりを対抗軸に、障害児の人権を大切にする権利としての障害児教育を推進します。

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