全教は、文科省の求めに応じ、「教員免許更新制の運用についての検討経過(案)」に関する意見を示しました。
2007年10月24日 全日本教職員組合
はじめに
教員免許更新制について、私たちはこの制度導入を答申した2006年の中教審答申以来、この制度が大学における教員養成と開放免許制度という教員免許法の根本を崩す制度であること、教員の身分を根底から掘り崩す重大問題をもった制度であること、制度の恣意的運用がおこなわれれば、時の政府の言いなりにならない教員の教壇からの排除につながる制度であること、などの問題点を指摘し、この制度の導入に反対の立場を明らかにしてきました。
ところが、2007年6月20日、教育職員免許法「改正」が成立し、2009年度から実施されるということになりました。そもそも教員免許更新制は、免許の授与もしていないものが10年後にそれが有効であるか無効であるかを認定するという制度であり、本来的な整合性に根本的な問題点を持つものです。しかし、この教育職員免許法「改正」では、制度設計にかかわるほとんどの部分が「教育職員免許法関係省令」にゆだねられており、法律として重大な根本的欠陥をもっていると指摘せざるをえません。中教審においてはこの省令策定にむけ、審議がすすめられているところですが、現時点で出されている標記「教員免許更新制の運用についての検討経過(案)」(以下(案))についても、大きな疑問と懸念を持たざるをえません。教員免許更新制の実施スケジュールの中では、今年度中の省令改正となっていることは承知していますが、後に私たちが提起する疑問をはじめ、他の教職員団体、関係する大学や教育行政から、これまで、あるいはこれからも提起されてくる疑問が解明されるまで、制度をスタートすべきでないと考えます。それは、この制度が戦後半世紀以上にわたって確立され、運用されてきた教員免許法の大転換をおこなうものであり、何よりも教員の失職という大問題を持つ制度であるからです。このことをまず最初に問題提起したうえで、以下、いくつかの問題と懸念について述べたいと思います。
制度設計にかかわって懸念されるいくつかの問題点
①受講対象者について
教員免許法では、受講対象者は「現職の教員、教育の職にある者、教員採用内定者及び教員採用内定者に準ずるもの」としています。そして(案)では、「教員採用内定者に準ずる者」として「常勤・非常勤に関わらず、今後教員として採用される可能性がある者については、講習の受講を認めることが適当である」と述べています。
この間文部科学省がおこなってきたいわゆる「定数崩し」によって、臨時的任用教職員の数は大幅に増加しています。たとえば大阪では定数内の臨時的任用教職員でさえ2000人をはるかにこえる人数となっており、これに非常勤講師を加えるとその数は膨大です。これに対応できる制度が果たして可能なのか、大いに疑問です。
さらに、この更新講習は、単なる研修ではありません。講習を受講して認定されなければ、免許を失効し、職を失うという重大な制度です。ただでさえ不安定な身分に置かれている常勤・非常勤など臨時的任用の立場の人をさらに不安に追いやるようなことをやってよいのでしょうか。しかし一方で臨時的任用教職員に対する研修は必要であることも事実です。それならば、免許更新講習とは別立ての有意義な研修の保障が構想されてしかるべきではないかと考えます。真摯な検討を求めます。
②講習の免除対象者について
(案)では、講習の免除対象者について、①優秀教員表彰者、②教員を指導する立場にある者、とし、②に校長、副校長、教頭などをあげています。そして(案)では、校長等について「職員を監督する職でもある校長(園長)…は、いずれも教員を指導・監督する立場にある者であり、十分な知識技能を備えていると考えられることから、講習の受講を免除することが適当」とされています。しかし、中教審教育課程部会での論議でも「校長であるからといって、教育について十分な知識技能を備えているとは限らない」という意見も出されたように、そうした実態があることも事実です。(案)では、そうした意見も反映して「その職に就いた後、必要な研鑽を行わず、その勤務実績から教員として求められる十分な知識技能を有していると認められない場合には、免除を認めないことが適当である」と慎重に記述しています。これについては、記述の趣旨どおりの運用を求めるものです。
③更新講習の開設者と講習の認定主体について
(案)では、更新講習の開設者として、大学だけではなく、都道府県教育委員会もふくめています。講習開設者に都道府県教育委員会をふくめることは、大きな問題であると考えます。8月31日に全国都道府県教育長協議会が提出された「教員免許更新制の制度設計に係る意見」(以下、「意見」)においても、「都道府県教育委員会は、教員に対する分限処分等の権限を持っており、そのうえに講習の修了認定等を行う権限を持つことは、好ましくない」と述べられていますが、そのとおりだと思います。教員の任命権者であり、教員の人事権をもつ都道府県教育委員会が講習を開設し、認定する制度をつくってしまえば、教育行政の恣意による認定という懸念がつきまとい、制度そのものの信頼性を根本から疑わせるものになるばかりか、こうした制度自体が教員に対する脅威としてはたらき、教員を萎縮させてしまうことは明らかです。教員が萎縮した状態におかれていてよい教育ができようはずがなく、それは子どもの教育に否定的な影響を与える危険性を持つものです。
中教審教育課程部会においても、「開設者の絞り込みが必要ではないか、大学では理論が中心になり、教育委員会がおこなえば実践的になるという面はあるものの、教育委員会がおこなえば恣意的になる、検討の余地はないか」という意見も出されているところであり、それらもふまえ、「意見」の趣旨も尊重して、(案)を抜本的に見直し、更新講習の開設者と認定者に教育行政をふくまないという結論を出されるよう強く求めるものです。
④教員免許更新講習の講師について
(案)では、講習の講師について、「認定課程を有する大学の認定課程を担当する教員」があげられています。それは当然、社会的にも、受講対象者となる教員にも承認されうるものだと考えます。ところが、それ以外に「教員や教員であったもの」「その他文部科学大臣が適当と認めるもの」というきわめてあいまいな規定が盛り込まれています。そうなれば、講習を担当する大学の教員がいなければ、誰でもよいということにもなりかねず、大きな問題です。(案)では、退職教員や現職教員について「特に優れた識見を有する者」と述べられていますが、客観的基準はきわめてあいまいといわざるをえず、こうした制度では現場の信頼を得ることはきわめて困難です。講習をおこなう講師については、もっと厳密に規定するべきであると考えます。
⑤更新講習の内容について
(案)では、更新講習の内容として①教育の最新事情に関する事項、②教科指導、生徒指導その他教育内容の充実に関する事項、とし、①の中に「教育政策の動向についての理解」をふくめています。フィンランドのように、平等、無償、義務教育段階での共通教育など、教育政策についての政党間合意や国民合意がつくられている国であるのならばともかく、日本の場合は、たとえば教育バウチャー制度についても、教育再生会議と文部科学大臣の間でさえ、その見解は大きく分かれるものであり、教育政策を更新講習の内容にふくめることには、大きな問題があると考えます。また、教育政策をどうとらえるかについては、講師の学問研究の自由の範疇であり、一律の講習をおこなうことは、学問の自由に対する侵害となりかねません。さらにそれは、受講者である教員の学問の自由にもかかわる問題となります。つまり、教育政策動向に対する批判的見解を持つものが不当に低く評価されたり、あるいはそのことをもって認定されないというようなことがあれば、更新講習が受講者に対する踏み絵の役割を果たすことにもなりかねません。まさに、更新講習が恣意的に運用されかねない大きな問題であり、教育政策動向を講習内容にふくめるべきではないと考えます。
⑥いわゆるペーパーティーチャーにかかわる問題について
(案)では、「教員免許状を有している教員以外の者(いわゆるペーパーティーチャー)は、採用内定等されない限り、免許状更新講習を受講できない」とされています。しかし「有効期限の満了により、これらの者の免許状が失効した場合には、免許状を有していないことを理由に採用試験を受けさせないという扱いを受ける恐れがあり、結果的に免許状の授与から10年以上経過している者について、教員への道を閉ざしてしまう」ことになるから「国は、有効期間の満了により免許状が失効していることや、修了確認期限までに更新講習修了確認を受けていないことのみをもって、教員採用試験を受けさせないこと及び採用しないことのないよう」と述べています。ということは、免許状が失効していても採用試験が受験できたり、その結果によって採用されたりすることがありうるということになります。ペーパーティーチャーに対して、こうした配慮ある対応をおこなうというのならば、教員に対しても免許更新講習で認定されなかった場合に、たとえば「追試」などにあたるような、できるだけ期間をおかずに再チャレンジできる制度を組み立てるべきではないでしょうか。検討を求めます。
⑦複数免許保持者の更新について
複数免許保持者について、(案)は、「複数の教諭の免許を有している者であっても、30時間の講習を修了することにより、すべての免許状の有効期間が更新されることとすることが適当」と述べています。その場合更新講習の結果認定されれば問題は起こらないかもしれませんが、たとえば英語と社会科の免許を保持していて英語で更新講習を受け、認定されなかった場合には、社会科の免許も失効することになるのかどうか、不明です。また、同じ複数免許保持者でも、複数免許を同時期に取得した教員と、たとえば英語の免許を取得して10年後に社会科の免許を取得した教員とが存在します。この場合、前者も後者も同じルールが適用されるのかどうか不明です。
つまり、複数免許保持者に対してその1つの免許を更新すれば他の免許も更新したことにするというやり方が論理的整合性を持たないものです。これが教員の身分の喪失をともなわない研修制度であるならば、問題は顕在化しませんが、教員免許更新性における講習は、その認定の如何によって免許が失効し、失職する制度であるから問題は深刻にならざるをえません。複数免許保持者に過度な重圧を与えない、できるだけわかりやすく簡素な制度設計とすることを求めます。
⑧現職研修との整合性について、とりわけ10年経験者研修との関係について
(案)では、「現職研修全体の中での10年経験者研修の在り方について、今後検討していくことが必要」と述べています。そもそも10年経験者研修は、2002年2月21日に中教審がおこなった「今後の教員免許制度の在り方について」答申で、教員免許更新制の導入を見送った見返りとしてつくられた制度です。教育職員免許法が「改正」され、教員免許更新制を導入することが決まったのだから、10年経験者研修は廃止するのが当然であると考えます。
⑨受講者の負担の問題
(案)では、講習を受講すべき期間を長期休業中が中心になると想定していますが、春休みは、年度末、年度初めにあたり、人事異動などもふくんでもっとも動きの取れない時期です。また、冬休みは、年末年始をはさむ時期であり、これも多忙な時期です。夏休みも教員はほとんど毎日出勤して校務を遂行しているのが多くの教育現場の実態であり、これに加えて子どもたちへの個別の指導、部活指導をはじめ大変多忙な中にあります。加えて近年一部の地域で導入されている「2学期制」の場合は、すでに夏休みの短縮などもおこなわれ、教員はますます多忙になっています。さらに、中教審教育課程部会の審議においては、改訂学習指導要領における授業時数増の提案のために、夏期休業の短縮も提案されているところであり、夏期休業中に教員が腰をすえて研修できる条件はすでに大変困難になっているのが実態です。(案)がいうように、受講すべき期間に「それぞれ2回ずつ春・夏・冬休みがあれば、多忙な教員であっても受講する機会が得られる」という認識は、現場の超多忙な実態をふまえないものといわざるをえません。このなかで更新講習を受けるということになると多忙化にいっそう拍車がかかり、日常の教育活動に支障をきたすことにもなりかねません。(案)では、主に離島やへき地に勤務する教員を想定して、「通信や放送、インターネット、ビデオ教材を活用した講習の実施も妨げられない」としていますが、教員の過重負担にならないよう、実態に応じて適用範囲を拡大するなど、柔軟な対応をおこない、教員の勤務実態を十分配慮した制度設計をおこなうべきであると考えます。
また、講習にかかわる費用を自己負担させることも大きな問題です。教員が望んでもいない免許更新制を入れ込んだうえに、費用も自己負担させるのは本末転倒です。講習にかかわる費用は公費で負担するのが当然であると考えます。
⑩教員免許管理について
なお、(案)では、ふれられていませんが、教員免許更新制の前提としての、教員免許の管理は重要問題であり、一言意見を表明します。この問題については、教員免許が果たして正確に管理できるのかという重大な懸念があります。県費負担教員の免許は、当該教員が勤務する都道府県教育委員会が免許管理者であることから、その教育委員会によって免許は管理、把握されていますが、いわゆるペーパーティーチャーの免許や市町村立高等学校、私立学校の教員の免許は、免許管理者である都道府県教育委員会は直接把握していません。教員免許更新制の制度の前提として、ペーパーティーチャーもふくめれば、500万人とも言われる教員免許保持者の免許が正確に把握、管理されていなければなりません。いわゆる「消えた年金」問題では、個人情報の管理のずさんさが白日の下にさらされました。この教訓から、今回の制度立ち上げにあたっては、すべての教員免許保持者を確認する作業がおこなわれることが前提とならないと運用の前提が崩れてしまいます。そのうえで、教員免許保持者の免許管理が正確におこなわれることが必要です。「意見」においてもこのことが懸念され、「現在、国において進められている一元的な免許管理システムとすでに各都道府県教育委員会で構築されている免許管理システム、人事管理システム等との連携が課題となる」と述べられているところです。そのためには、「意見」も述べているように、「原簿管理だけでなく、免許状の授与・更新等の申請、免許状の授与・更新通知などの一連の事務手続きをシステム上で行えるようにする」ことが求められます。これをおこなうためには、法改正も必要となってきます。
免許管理については、プライバシー保護と一人のもれ落ちもない免許管理を両立させた制度が必要であり、慎重な検討を求めます。
まとめにかえて
以上、指摘したように、制度設計の根本にかかわる問題が山積していると考えます。このまま実施すれば、教育委員会における免許管理においても、いわんや現場においても大混乱が生じても不思議ではありません。これは、教員免許更新制が諸外国でも例を見ない教員の失職にもかかわる重大な制度であることに根本原因があり、しかも、法改正時点で必要なシミュレーションもおこなわず、肝心要の点は、すべて省令にゆだねるというずさんな対応をとったことに起因するものです。
このことから、結局、法律上は、免許失効による失職という法制度ではあるが、制度運用上は、よほどの特別の事情がないと失職させない研修制度という大前提から制度設計しない限り、上記のすべての疑問を満たす制度設計はできないということではないかと考えます。たとえば、更新講習申請の時期になっているにもかかわらず更新講習受講を申請しない教員については、免許管理者から受講申請の督促をおこない、度重なる督促(3度あるいは5度という回数を決めてもよし)にもかかわらず、期限までに受講しなかったものについてのみ、免許を失効させるという制度としてつくりあげるとすれば、上記の諸矛盾はおおかた解決されるのではないでしょうか。なお、いわゆるペーパーティーチャーについては、現に教員であるものとは別の制度として、その人が教員になろうとしたときに、必要最低限の研修を用意し、その受講をもって講習とみなせば、問題は生じないと考えます。
以上、提起した問題もふくめ、抜本的な見直しをおこなうことを求めたいと考えます。