全教は11月3日、福島県立高等学校教職員組合の協力を得て、「原発事故から2年8か月、福島を見る・歩く・考える」行動を行いました。全国から24人が参加し、飯舘村、南相馬市、浪江町をバスで回りました。
福島第一原発から7キロメートル離れた浪江町立請戸小学校付近の光景を見ました。津波で家も松林も流され、遠くに海が見えています。残った家の土台もセイタカアワダチソウが覆い隠しています。流された車や打ち上げられた漁船、積み上げられた瓦礫が放置されています。これが2年8か月経過した福島の現状です。
福島第一原発事故から2年8か月、現在も15万人が避難生活を強いられています。飯舘村の田畑は、雑草が生い茂り、通りには人影はありません。案内していただいた渡邊たつよさんは、「飯舘村の住民は、一時帰宅はできるが泊まることはできません。飯舘に帰りたい子どもたち。親は、放射線量が高いので反対しています。子どもたちは、ストレスをためています」と話しました。飯樋小学校の放射線量モニタリングポストは、1.5μSv/h(毎時マイクロシーベルト)を示していました。
南相馬市から浪江町を案内していただいた福島県立高教組の大貫昭子さんは、「放射能は色も臭いも何もありません。どんな被害を受けているかわからない恐ろしさがあります。福島で甲状腺がんと診断される子どもが増え続けていますが、すぐには発症しないからと原発事故との関連性を否定しています。みんなに福島の現実を知ってほしい。これからも原発と放射能の被害を、一人でも多くの人に伝えていきたい」と話しました。
参加者は、「家があっても人がいない。店があっても開いていない。信号がついていても車がほとんど通らない。今まで見たこともない状況でした。見えない放射能の恐ろしさを実際の姿として見たことを、職場の仲間や子どもたちに伝えていきたい」と感想を寄せてくれました。