『クレスコ』

現場から教育を問う教育誌

クレスコ

〈2024年10月号 9月20日発行〉

【特集】教職員の長時間労働と「中教審答申」を問う

  • 全教共済
ニュース

『「教員の地位勧告」の適用に関するILO・ユネスコ共同専門家委員会(CEART)報告』1

 全教は、「指導力不足教員」政策と新しい教員評価制度の導入において、ILO・ユネスコ『教員の地位勧告』が遵守されていないことを問題として、監視機構である「共同専門家委員会」に対し「申し立て」を行っていましたが、「共同専門家委員会」第8回会議(パリで開催、9月16~19日)で審議され、その『レポート』がILOのホームページに公表されました(以下に全文訳)。今後、ILO理事会とユネスコ執行機関の承認を経て、日本政府及び全教に対し通知される予定となっています。


経緯

1.全日本教職員組合(全教)は、共同専門家委員会事務局書記に宛てて2002年6月28日付け書簡を送付し、教員(の指導力)を評価する制度の導入と実施形態及び新たな勤務評定制度の導入とその運用において、日本政府は1966年「教員の地位に関する勧告」の諸条項を遵守していないとする申し立てを行った。
 
2.全教はさらに2002年9月24日前後に申し立てを補強する補足文書を提出し、主張する多くの点について詳細な例証を行った。
 
3.共同専門家委員会は日本政府の所轄官庁に対し、全教の申し立て及び補足資料に対する見解を示すよう求めた。
 
4.2003年3月3日、文部科学省は共同専門家委員会宛てに文書による回答を行った。
 
5.共同専門家委員会は手続きに則り、全教に対して政府の提出した情報に対する見解及び共同専門家委員会にとって有益であると思われる最近の状況についての追加情報を提供するよう求めた。この求めに応じて、全教は2003年4月21日に文章による回答を寄せ、政府の回答内容への反論を行った。さらに、この全教の回答に対する文部科学省の見解及び補足文書が2003年6月26日に受理された。
 
検討結果

6.全教と日本政府が提出した資料は多くの論点と実際の状況に言及しているが、本質的には、いくつかの明確な中心的問題に絞ることができる。文部科学省は近年、指導力不足と思われる教員(学習指導や学級経営を効果的に行うことができないと繰り返し評価された教員)に対応するための制度と優れた業績をあげている教員に対して特別な昇格や直接的な金銭的報奨で報いる制度を新たに導入した。
 
7.提供された資料を検討すると、詳細な事実関係に関しては双方の間に見解の食い違いが相当あり、これは適切な事実調査団を派遣することによってはじめて解決できると考えられる。しかし、共同専門家委員会はすでに提起されている諸問題を十分に議論する前に事実調査団派遣に踏み切るのは時期尚早であると判断する。
 
8.上記の2つの制度については、これを別々に検討することが好都合である。しかし、両制度には共通する1つの側面があり、それを最初に明らかにしておくべきであろう。
 
9.「勧告」9項は、指導的原則として、教員団体は教育の進歩に大きく寄与しうるものであり、したがって教育政策の決定に関与すべき勢力として認められなければならないことをうたっている。これを受けて、さらに10項(k)は「教育政策とその明確な目標を決定するためには、権限ある当局と(その他の団体等とならんで)教員団体の間で緊密な協力がなければならない」と述べている。こうした主張は75項、49項、44項、124項においても展開されているところである。すなわち、これらの諸項は以下の諸原則を示している。
 
(a) 教員がその責任を果たすことができるようにするため、当局は教育政策、学校組織、および教育事業の新しい発展等の問題について教員団体と協議するための承認された手段を確立し、かつ、定期的にこれを運用しなければならない。
(b) 教員団体は、懲戒問題を扱う機関の設置にあたって、協議にあずからなければならない。
(c) 昇格は、教員団体との協議により定められた、厳密に専門職上の基準に照らし、新しいポストに対する教員の資格の客観的な評価にもとづいて行われなければならない。
(d) 給与決定を目的としたいかなる勤務評定制度も、関係教員団体との事前協議及びその承認なしに採用し、あるいは適用されてはならない。
 
10.全教は、新しい制度は文部科学省および使用者当局(県教育委員会)と全教の間で適切な協議がなされずに導入されたのみならず、教育当局は全教との対話を「拒否した」と主張している。全教の申立てによれば、指導力不足教員への対応に関する問題について同組合との交渉を求める書面による要求に文部科学省は応じず、また、ほとんどすべての教育委員会も「管理運営事項に関する問題」であるという理由をあげて交渉を拒否した。同様に、教育委員会は「協議を必要としない管理運営事項である」との理由で教員評価制度に関する教員組合との適切な協議を拒否したと全教は主張している。
 
11.2つの制度の詳細については後に再び触れるが、日本政府の回答は第10段落に記した全教の主張内容については争っていないことに留意すべきである。日本政府からの最初の回答では、指導力不足教員への対応に関する制度の導入に際して、実際に教員組合との間で適切な協議あるいは話し合いが行われたとは述べられていない。日本政府は地方公務員法55条3項を根拠にして、指導力不足教員の問題は「地方公共団体の管理あるいは運営に関する事項に該当」し、「交渉の対象にならない」と主張していた。この立場は2003年6月26日付けの回答でも繰り返し表明されている。教員評価に関しては、文部科学省は教員の集団(groups of teachers)から意見を聴取し、話し合いを行ったと述べるにとどまっている。共同専門家委員会は、ここで言われている教員の集団は教員団体(teachers’ organizations)を指すものではないと解釈する。
 
12.上記の事情から、「勧告」が予定しているようには協議が行われなかったという申立ては妥当であるというのが共同専門家委員会の結論である。この点について、ある事項が管理運営事項にあたると分類することをもって、機械的に「勧告」の適用を免れるとの主張は無益である。「勧告」は教育当局と教員団体の間の「交渉」と「協議」を区別している。争点になっている事項のなかには、(交渉ではなく)協議が求められているものがある。(しかし)共同専門家委員会は、(交渉ではなく)協議が求められるべき性質のものではあっても、教員の労働環境と専門職的責任そして究極的には教員の地位に重要な影響を及ぼす、実に多様な事項にも「勧告」が現に言及していることを強調する。1966年「勧告」は管理当局が評価を行うことを否定していないが、教員団体はどのように評価を行い、評価結果をどう用いるかを確定するのに関与すべきものである。2つの制度の導入と現実の運用に上に引用した「勧告」の諸条項がまさしく適用されるものであることについては、まったく疑いの余地がない。

教員の指導力

13.全教は提出した文書のなかで、批判の対象としている人事管理制度に関する詳細な訴えをいろいろな現実の事例をあげて例証している。日本政府の回答は全教による申立てを否定し、論点の多くは誤解に基づいており、事実が正確に伝えられていないと述べる。すでに述べたように、共同専門家委員会は現時点で詳細な事実関係に関する争いの解決を図ることを提起しない。むしろまず勧告の原則に関する重要な問題をとりあげて共同専門家委員会は検討したい。この勧告の原則に関する問題の解決は将来的には個別事例の解決にも役立つべきものである。
 
14.全教による訴えの主なものは次のとおりである。
 
(a) 指導が不適切とされる教員に対する新たな制度が2002年1月11日から施行されている。
(b) 教育委員会の判断により、教員が授業や学級経営を適切に遂行できないと判断され、必要な措置(現職研修を含む)が講じられても効果がないときには、その教員を教員以外の職へ転職させることができる。代わりの適切な職がない場合には、教員は結局退職を強いられることになる。
(c) 判断基準は教育委員会に任されており、県によってまちまちになっている。
(d) 本質的に教員の命運は校長が左右することができる(Teachers are essentially in the hands of school principals)。校長が教育委員会に提出する不利益な申請を教員本人は見ることができず、反論する十分な意見陳述の機会も保障されていない。
(e) 指導力不足教員という判定に対して不服を申し立て、訂正を求める十分な権利が与えられていない。矯正研修の間、教職を離れた教員が首尾よく研修を修了したとしても、もとの教職への復帰を保障されていない。さらに、研修の内容は教育委員会にゆだねられており、実際に教職とは関係のない内容となっていることもある。
(f) 制度は透明性と公正さを欠いている。申請を検討する委員会に教員代表が含まれていない。この委員会の構成はしばしば非公開とされている。教員本人が委員会で意見を述べることは許されてない。
要するに、全教の申立ては、この制度は明らかに適正手続き(デュープロセス)を欠いているというものである。
 
15.共同専門家委員会は、文部科学省は東京都教育委員会が2000年から実施している制度を支持しており、他県にも推奨しているものと理解している。この制度の基本は、校長等の管理職が指針に示された指導力不足の事例に合致する教員の行状を認めた場合、教員本人に改善に必要な指導と助言を与えるというものである。指導助言の記録及びそれによって達成された結果は、その教員が指導力不足であるとして教育委員会に申請がなされる場合の基礎になる。校長等の管理職が指導力不足と思われる教員について申請しようとする場合、申請がなされる前に当該教員にその旨が知らされ、指導力不足教員として申請されることに対する本人の意見が記録されて、東京都教育委員会への申請に添付される。申請及び教員本人の意見は審査委員会によって検討され、最終的な認定が下される。
 文部科学省は、教育委員会に対して指導力不足教員に関する基準に関する指針を通知しており、認定は客観的基準に基づくものであると強調している。
 
16.共同専門家委員会は、日本政府の回答にみられる、制度の以下のような特徴に注目する。
 
(a) 指導力不足とされる教員は2段階の支援を受ける。県教育委員会は教員が業務を適切に行う能力がないことを判定する。申請に基づき、当該教員はさらに指導と研修を受ける。児童・生徒に対する指導が適切さを欠き、指導力を向上させるための指導と研修をすでに受けている教員は、教員以外の職があれば、転職させられる。
(b) 回答をみる限り、県教育委員会に行われた(指導力不足教員の認定)申請を検討する際の適正手続き(デュープロセス)が十分であるとは言えない。回答では、都道府県教育委員会を対象に行った調査によれば、「指導力不足教員の認定が申請され、審査の対象となっている教員の意見を聴取するつもりはないとした教育委員会はなかった」としているが、申請の内容について十分に知らされ、委員会に出席して意見を述べ、いかなる段階であるにせよ不服を申し立てる普遍的な権利(a general right)が教員に与えられていることを示す証拠はない。ただ、免職、転職、休職の措置に対して人事委員会に不服申立てができるにとどまる。教員の資質能力を向上させるために研修を受けさせる措置については、教員の利益に反するものではなく、人事委員会への不服申し立ての対象にはならないとの見解が表明されている。
(c) 校長が教育委員会に対して行う(指導力不足教員の認定)申請に教員本人の意見が添付されている場合、意見を述べる機会をさらに与える必要はないとされている。しかし、申請内容を教員本人が実際にみたうえで意見を述べることができるようにはなっていないように思われる。校長は指導力不足教員に該当するとの意見の内容について、申請に至るまでの指導助言を与える段階で教員本人と話し合っているものとみなされているようである。
(d) 文部科学省は、判定委員会の委員名を公表するかどうかは教育委員会の裁量に委ねられるべきであるとしており、委員名の公表が委員本人や家族への圧力をもたらすことなり、公正な判断の妨げとなりうるものと考えている。
 
17.「勧告」の一連の諸条項が上記の状況に適用される。それらの諸条項は全体として考えられるものであり、その趣旨は次のとおりである。
(a) 45項及び46項は、教職における雇用の安定と身分保障は教育の利益と個々の教員の利益の双方にとって不可欠であり、また教員はその専門職としての身分とキャリアに影響する専断的な行為から十分に保護されなければならないとしている。
(b) 64項は、いかなる形であれ教員の仕事を直接評価することが必要な場合、その評価は客観的なものでなければならず、その内容は教員本人に知らされなくてはならないと規定している。さらに、教員は不当と思われる評価に対して不服を申し立てる権利を持たなければならないとはっきり述べている。
(c) 50項は、64項とあわせて読めば、(教員の指導力に関する)報告・申請においてなされた評価の結果、専門職的行為に対する違反とみなされることから生じる解雇のような、懲戒的性質を伴う措置がとられうることを意味している。同時に、作成された報告・申請書の内容について十分に知らされること、意見を述べる十分な機会、実効的な不服申し立ての権利などの適正手続き(デュープロセス)を予定している。
 
18.共同専門家委員会は、文部科学省が叙述するような現行制度では「勧告」の水準を到底満たし得ないと考える。文部科学省が主張するように、上記の過程(指導力不足教員の認定)の当事者となる教員の数は限られているということが事実であっても、それでこの結論が覆されるものではない。現行制度では(指導力不足教員の認定)申請の具体的な内容が教員本人に知らされることが保障されていない。したがって、教員は申請内容について疑義を呈し、反論する実効的な機会も保障されていない。判定委員会に出席して意見を述べる権利はなく、きわめて限定的な範囲でしか、不服申し立てを行う権利が与えられていない。県教育委員会が判定委員会の委員名を明らかにしていない以上、判定の過程は開かれた透明性の高いものであるとはけっして言えない。
 
19.さらに、共同専門家委員会委員の経験に照らすと、専門職としての教員の指導や能力に関するような非常に重要な決定を行う機関から現職教員が排除されているのは不可解であり、通常認められているやり方に反する。直接的経験を持つ人物が排除されていると、意思決定過程の妥当性が疑問視されることになりかねない。(指導力不足教員の)判定委員会の委員名を非公開とする理由が十分に説得的であるとは言えない。何よりこうしたやり方(非公開)は他国では見られないからである。
 
20.以上のことから、共同専門家委員会は指導力不足教員の判定と措置に関する制度が「勧告」の諸規定に合致するよう再検討されるべきことを強く勧告する。共同専門家委員会は、これらのことは地方行政の管理運営事項であり、「勧告」の適用対象外であるという主張を認めることはできない。

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