2008年 9月12日 全日本教職員組合 生権局長 蟹澤 昭三
文部科学省は、昨年の予算要求で教員給与に「メリハリ」をつけるとし、教職調整額に支給率の格差を導入しようとしましたが、現行法制下では認められないということで断念しました。その後、教職調整額制度のあり方について検討をすすめるために「学校の組織運営の在り方を踏まえた教職調整額の見直し等に関する検討会議」(以下、「検討会議」)を設置し、5月29日以降9回の審議を経て、9月8日、「審議のまとめ」(以下、『まとめ』)を公表しました。
全教は、6月30日に「検討会議」のヒアリングに出席し、①現在の教職員の恒常的な長時間過密労働は、抜本的な教職員定数増なしには改善できないこと、 ②教職員の勤務実態の改善のためには、労働安全衛生法にもとづく勤務時間管理を学校についても適正に行うこと、③給特法が定める超勤制限(①限定4項目② 臨時・緊急時のみ)は機能不全におちいり、逆に、際限のない超過勤務を許す「法的根拠」ともなっている中で、無定量な勤務に歯止めをかけるためには、労基法37条を適用除外にしている給特法を、抜本的に見直すべき時期にきていることなどを要請しました。
具体的には、①専門職として不可欠な自主的研修など、時間計測が困難なものの見合いとしての定率の給与措置を確保したうえで、測定可能な超過勤務に対して、割増の時間外勤務手当を支給すべきであり、②その際、教職員の勤務実態に見合う予算の確保が不可欠であり、③教職員の自主性・自発性が発揮される学校にふさわしい時間外勤務手当制度の確立の必要性を主張しました。
公表された『まとめ』は、校長権限の拡大・ピラミッド型の学校運営体制への固執という問題を持ちながらも、「学校が抱える課題に対応した適正な教職員数の確保」を明記したり、時間外勤務手当制度を「一つの有効な方策」とするなど、この間の全教の主張をも踏まえた建設的・積極的なものとなりました。
この間、学校現場では、教職調整額が支給されていることで、無制限な超過勤務を容認するような誤解が一部の管理職から流布されています。また、教職員の勤務時間をめぐっては、埼玉地裁では「教員の自発性・創造性を損なう事態や給特法が想定した程度を越えた繁忙が明らかな場合に労基法32条(週40時間・1日8時間労働制)違反となるのであって、この程度の超勤では違法とまではいえない」とする極めて不当な判断をおこなっています。こうした問題を『まとめ』は、明確に解明・整理したといえます。
『まとめ』は、「教員の勤務時間管理」について、「校長などは、部下である教職員の勤務時間外における業務の内容やその時間数を適正に把握するなど、適切に管理する責務を有している」と断定しました。その上で、「教員には労働基準法第37条が適用除外となっているだけであるにもかかわらず、…管理職は教員の時間外勤務やその時間数を把握する必要はないという誤解が生じている一因にもなっている」としたことは、この間の超勤裁判において争点になった点でもあり、重要な指摘です。さらに、労働安全衛生法に定められている「労働時間の適正な把握」を明記し、最高裁判例を引用して公務の管理における使用者の「安全配慮義務」に触れた点は、京都市教組の京都地裁における勝利判決とも重なるものです。
現行の給特法体制について、文科省の立場からはじめて踏み込んで、その限界を批判したことに注目するものです。「全員一律に給料に4%の定率を乗じた額の教職調整額が支給されているため、時間外勤務の抑制とならず、無定量の時間外勤務や実質的な給与の切り下げを招いているとの批判もある」として、教職員の超勤抑制の歯止めとなっていないことを明らかにしました。「教職調整額制度の下で残業時間が増大していることは否定できない事実」であり、「教職調整額制度の下では、特に学校が外部からの様々な要望に対応しようとする際に、管理職や教育委員会の中には、教員を働かせることについてのコスト意識が働かず、学校や教員への期待や依存を無定量に増幅させている場合があり、教員の無定量の時間外勤務を招いているとの批判もある」としました。
この問題への対処としては、「学校業務の効率化などと併せて、教員の時間外勤務が抑制されるような仕組みを作っていく必要がある」とし、「勤務時間管理を適切に行うこと」で「時間外勤務の抑制」を検討し、そのことが「(教員が)自己研鑽に励んだり、一人の社会人として公私ともに充実した生活を送る余裕を持てるようにし、教員の資質向上や優秀な人材の確保に資するようにすることや、これらのことにより、子どもたちのより充実した学校教育の提供が可能となるようにしていく必要がある」と基本的な考え方を述べています。そのための制度としては、「教職調整額制度に代えて時間外勤務手当制度を導入することは一つの有効な方策である」とされ、さらに、「勤務時間として計測することが困難な活動については、教員の職務の専門性などの特殊性を評価するための措置で対応すべきではないかとの意見もある」として、全教の主張を反映しました。これらは、問題解決の方向として、労働基準法に則った原則的な対応を示した建設的なものです。
そして、「教員の勤務は自発性や創造性に基づくという特殊性を有する」から「一般的な時間外勤務手当制度は教員になじまない」という意見に対しては、「教員に求められる自発性や創造性というのは、あくまでも学校として必要な業務を遂行するに当たって、校長の学校経営方針の下で各教員の判断により最も適切だと考えられる手段や方法などにより処理することが求められていることと考えるのが適当」とし、「自発性を要する業務には時間外勤務を校長などが一方的に命じるのではなく、教員の申し出に対して校長などが承認・命令するという運用上の工夫をすれば、教員の自発性を損なうことはない」という意見を紹介しています。時間外勤務の確認にあたっては、「事後的に教員から自己申告させ、それを校長などが確認・承認する」という全教の提案も紹介しています。時間外勤務手当制度と教員の自発性・創造性が両立する運用をめざすことに言及したものです。
以上のように、今回の『まとめ』は、①給特法のもとでは、現在の恒常化している教職員の長時間過密労働を改善することはできないことを明確にし、②学校にふさわしい時間外勤務手当制度を検討課題とし、③教職員定数の確保と労働基準法や労働安全衛生法の立場に立った原則的な対応をすることこそが現状を改善する方向であることを示したものです。
『まとめ』には、「専門的・技術的な観点」からの検討という限界があるため、今後、文科省は、『まとめ』を踏まえ、中教審での議論を経て教職調整額制度の見直しの具体化をすすめていきます。しかしながら、財政当局の圧力で「教育振興基本計画」に教育予算の目標を盛り込めなかった経過や、行革推進法の圧力のもとで、『まとめ』の持つ積極的な中身を実現していくことは容易ではありません。私たちは、文科行政の根本的な改革をめざしつつ、勤務時間管理と学校にふさわしい時間外勤務手当制度の確立、教職員の長時間過密労働の具体的な縮減にむけたとりくみを全力ですすめるものです。