全教は、文科省の求めに応じて「学校の組織運営の在り方を踏まえた教職調整額の見直し等に関する検討会議」で教育調整額等に関する意見を示しました。
意見では、「教職員の勤務状況は、国による30人学級の実施、抜本的な教職員定数増なしには改善の方向がみえてこない」と指摘。「今回の教育調整額の見直しは、こうした教職員の勤務実態と密接な関連がある」とした上で、労働時間の適正な把握、持ちかえり仕事の解消が必要であり、「『1年単位の変形労働時間制』は導入すべきではない」としました。また教職調整額についても、「少なくとも現行の給与水準が引き下げにならないことが必要」と述べ、「無定量な勤務に歯止めをかけるためには、労基法37条を適用除外にしている現行給特法を抜本的に見直すべき時期に来ている」と指摘しました。
2008年 6月30日 全日本教職員組合
はじめに
2006年に文部科学省が実施した「教員・保護者意識調査」によると、多くの教職員が「仕事や職場での満足感」を得ている一方で、「(仕事が)勤務時間後も残る」「以前よりも忙しくなった」という負担感も強く感じている実態が明らかになりました。
こうした状況の背景には、当然、長時間過密労働の実態があるわけですが、「負担を解消するために必要なこと」として、約8割の教職員が「1クラスの子どもの数の減、教員の増員で担当授業時間の減」をあげています。あわせて、約半数は「子どもの指導に業務を特化」すること、3割強は「教育委員会などからの調査の精選、業務の合理化」を求めています。
また、(財)労働科学研究所が、06年10月に6000名の教職員を対象に行った「教職員の健康調査」では、教職員の健康状態、特に職業性の強いストレス反応の結果を「深刻である」とした上で、教職員の仕事の見直しと改善について、教職員の超過勤務の削減方策(労働基準法適用の検討)や教職員業務の精査の必要性などの提言をしています。
教職員の勤務状況は、国による30人学級の実施、抜本的な教職員定数増なしには改善の方向がみえてこない、と私たちは考えています。今回の教職調整額の見直しは、こうした教職員の勤務実態と密接な関連があり、以下に現状と検討されるべき課題について意見を述べます。
勤務時間管理と時間外勤務の縮減についての基本的視点
公立学校の教員についても他の労働者と同様に勤務時間管理を適正に行うことは必要であり、私たちも検討会議の指摘どおりだと考えます。
今まで、この問題が曖昧にされてきた背景には、①教員に時間外勤務手当が支給される制度がなかったこと、②教育労働は勤務時間管理になじまないという意識が当局にも教職員にもあること、③夜遅くまでがんばることを「良い教員」とする風潮があること、などがあります。
初めの一歩は、教育行政が、教職員が所定勤務時間内に仕事を終え、翌日には、笑顔で元気で子どもの前に立つことが長期的に教育効果をあげていくという見方に転換することです。
そのためには、原則として時間外勤務が必要とならないよう、教職員定数増と業務の見直し・精選をすすめることが必要です。また、具体的に勤務時間管理をすすめるために、勤務時間の把握方法等が課題になりますが、学校職場の実情にふさわしいものとするためには、労使協議が丁寧にもたれなければなりません。この間のCEART勧告が指摘しているとおりです。
勤務時間管理をどこから始め、持ち帰り仕事をどうみるか
学校職場では、タイムレコーダーもなく、勤務時間の観念も希薄です。しかし、改正労安法の08年4月からの全面適用により、「労働時間の適正な把握」と、それにもとづく「医師による面接指導」等の実施が課題になっています。
長時間過密労働が恒常的にある学校職場においては、「労働時間の適正な把握」はきわめて重要な課題ですし、休憩時間の把握も含めた在校時間管理簿などがきちんと整備され、実施されなければ、何一つ次の解決につながらないといっても過言ではありません。このとりくみを、すべての学校職場で徹底することが、第一段階で必要です。
また、文科省調査結果にも現れたように、持ち帰り仕事については、恒常化しており、その実態は解消されるべきです。しかし、本来、持ち帰り業務は「ないことが当然」とされなければなりませんし、情報漏えいの問題からも、なくすべきでありながら現実的には余儀なくされているものです。したがって、何より大事なのは、教職員の働き方を改善していく上で、持ち帰り仕事をする必要がないように教育条件を改善することです。
学校に「1年単位の変形労働時間制」を導入すべきではありません
変形労働時間制は、生活のリズムも乱れ、肉体的にも精神的にも負担が過重となるため、労働基準法でも、原則禁止となっているものです。
「1年間の変形労働時間制」は、学校ごとに定めることになりますが、労働時間管理が区分期間ごとになるため、例えば4月から6月までは10時間勤務と定めたとすると、拘束時間の延長を固定化するものにしかなりません。教員の年間の長時間過密労働を軽減し、疲労やストレスの回復する措置とはならず、形式的な超過勤務の「盆暮れ清算」にしかなりえません。また、変形労働時間制は、原則として1日10時間を限度としていますが、教員勤務実態調査にあらわれたように、学校職場では残業時間の平均だけでもそれを上回っている実態となっており、「1年間の変形労働時間制」の導入は異常な長時間労働の実態を隠蔽する危険性があります。
一方、教職員の多忙を解消する方策のひとつとして、各都道府県教育委員会において、教職員個人に対応した週休日等の割振り変更や、勤務時間の調整における振替期間を延長する動きが広がっています。私たちは、長期休業期間の活用など一定の有効性を評価するものですが、実態としては、振替が取得できない例も多くあり、課題だと考えています。
教員給与水準についての考え方
教員に対する処遇の基本は、地方公務員法第24条で、「給与は、その職務と責任に応ずるもの」とされ、さらに「生計費」原則を明記していることをふまえて検討されるべきです。また、総務省に設けられた「地方公務員の給与のあり方に関する研究会」の報告(06年3月)では、こうした法の原則の上にたったうえで「公務(仕事)にふさわしい人材を任用することができるよう、仕事に応じた給与とすることが適当であること…公務員給与の基本は、その職務と責任に応じたものとすることが、最も明確で公務内外の納得性も高い」としています。
これらの点からあらためて教員の処遇を検討する際、まず「その職務と責任に応ずる」よう給与水準が確保されるべきで、今回の教職調整額の検討にあたっても、少なくとも現行の給与水準が引下げにならないことが必要です。
財政当局は、教員給与について、一般行政職を上回る部分を確実に縮減することが必要で、さらに、人材確保法による優遇分の縮減にも努め、同一化することを求めています。しかし、教員は教員免許状が必要な職種である上に、免許更新制の負荷が新たに加わりました。さらに、教育公務員特例法の適用を受け、1年に及ぶ条件付採用期間など一般行政職と法制度上の扱いが異なっています。教育基本法第9条においては「教員については、その使命と職責の重要性にかんがみ、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられる」とされ、教員の地位に関する勧告では「教員の給与は、社会に対する教育の重要性、したがって、教員の重要性及び教員が教職についた時から負うすべての種類の責任を反映するもの」(文科省仮訳)とされています。歴史的にも、教育職給料表は、行政職給料表から分離してきた沿革があり、機械的に給与額だけで教員と行政職員を比較する乱暴な議論は、断じて認められません。
給特法を見直し、労基法37条の適用を求めます
給特法は、「原則として時間外勤務を命じないもの」とし、時間外勤務を命ずる場合も「限定4項目」で、しかも「臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときに限る」と定められています。
しかしながら、給特法が定める制限(歯止め)は機能不全におちいり、際限のない超過勤務を許す「法的根拠」ともなっています。同時に、25%以上の割増時間外勤務手当を支給する必要がないため、教職員定数増を要求する財政的な根拠を持ち得ないという結果も招いてきました。私たちは、「教育職員の職務と勤務態様の特殊性」を否定するものではありませんが、無定量な勤務に歯止めをかけるためには、労基法37条を適用除外にしている現行給特法を抜本的に見直すべき時期にきていると考えます。
教育労働には、自主的・創造的労働を本質とする「職務と勤務の特殊性」があるとはいえ、教員も賃金で生計をたてています。教育労働も「校務をつかさど」る管理職のもとで営まれているものです。私たちは一貫して、専門職として不可欠な自主的研修など、時間計測が困難なものの見合いとしての定率の給与措置を確保したうえで、測定可能な超過勤務に対して、労基法37条にもとづく割増の時間外勤務手当を支給すべきと主張してきました。
しかし、時間外勤務手当制度導入と引き換えに職務給を廃止された「名ばかり管理職」の問題と同様に、時間外勤務手当制度が、もし教職調整額が全廃されるなかで、きわめて限定された予算で実施されるならば、賃下げにしかなりません。そのため、自主的研修や教材研究など、時間計測が困難なものに見合うものとして、新たな職務手当の新設、または、時間外勤務手当の中に一律支給部分を確保することなどが考えられます。
時間外勤務手当制度導入における留意点
労働基準法に定められている原則は、労働者に時間外勤務を強いないことです。やむをえない時間外勤務については、労働基準法36条にもとづく労使協定を文書で結び、労基署(地方公務員の場合は人事委員会か公平委員会)に届け出た上で、37条にもとづく割増賃金を支払うものとされています。したがって、時間外勤務手当は使用者に対するペナルティであり、時間外勤務手当の支払いが恒常的になるなら、当然、定数配置がされなければならないものです。そうした前提の上で、以下のように考えます。
① 時間外勤務は、あくまでも「公務のため臨時又は緊急の必要がある場合」と定められており、例外的な勤務です。そのため、慢性的超過勤務を解消する業務の縮減と定数増が不可欠です。
② 時間外勤務の実態に見合う必要な予算を確保することです。これがなければ、違法なサービス残業が放置されることになります。
③ 教職員の自主性と創造性が尊重される、学校職場にふさわしい時間外勤務手当制度を確立することです。教職員自身の判断で即座に対応しなければならない生徒指導上の対応や緊急の打ち合わせ等が頻繁にある以上、時間外勤務手当支給の手続は、事後確認を基本とします。管理職が、勤務時間把握を通じて、教育内容に介入・干渉することがあってはなりません。
④ 教職員の健康および福祉を害しないように、時間外勤務の上限を設定するとともに、特定の教職員への偏りをなくし、健康状態などに十分配慮することが大切で、これらを労基法36条にもとづいて、書面で協定を結ぶことが必要です。
時間外勤務手当と対象業務の範囲について
超過勤務の内容は職員会議、学年会議、校内研究会、校務に関する事務処理、生徒指導、教材研究や授業の準備、テストの問題作成や採点・成績処理、部活動など広範囲にわたっています。私たちは、子どもと教育に関わる測定可能なすべての超過勤務を、時間外勤務手当の支給対象にすべきと考えます。
しかし、それに見合う予算が確保されなければ、サービス残業が横行するだけとなります。現実には予算の制約がある以上、教職員間で不公平感が生じないようにしなければ、円滑な学校運営が困難になります。
そこで、学年会議など、校務の運営や教育活動のためにやむをえず勤務時間外に集団的にとりくまれる業務の中から、現行の限定4項目を考慮し、教育関係団体との合意をふまえて、予算の拡大に伴って計画的・段階的に時間外勤務手当の対象を拡大することが妥当と考えます。その際、自主的研修など、時間計測が困難なものを含めたすべての業務を時間外勤務手当の支給対象にできない以上、時間外勤務手当制度の円滑な導入のために、当面は現行水準を一律部分として確保し、一律部分プラス実績方式とすべきです。
また、持ち帰り業務については、時間外勤務手当制度を導入した場合も、特別なケースを除き対象外とすべきです。
部活動指導について
改訂学習指導要領で、部活を「学校教育の一環として、教育課程との関連が図られるよう留意すること」とされましたが、生徒の自主的参加である部活動を、教員に職務として一方的に押しつけるべきではないと考えます。際限なく長時間に及ぶような活動形態に対しては、加熱する弊害も指摘されており、生徒の体調管理も含めて、適切な指導がなされるべきです。
また、担当する部活の指導経験を十分に持たない教員の支援や、勤務負担改善のためには、顧問の判断で外部指導者の支援を得ることも検討される課題です。その際、外部指導者の活用を促すためにも、平日も含めた部活動手当の抜本的改善を要求します。
教員の処遇にメリハリある給与体系を導入することについて
教員の処遇については、「メリハリ」付けが強調されていますが、総人件費削減政策の下で限られた予算の範囲内で「メリハリ」を付ければ、一部は賃上げとなりますが、多数は賃下げとなります。
この間、民間企業においても「成果主義」賃金の弊害が深刻で、見直しが広がっています。一人のスーパーティーチャーよりも、すべての教職員の協力・共同こそ、教育の効果が大きいのではないでしょうか。評価結果を任用や給与上の措置に反映させる「メリハリ」付けは、教育活動のチームワークを阻害するので、賛成できません。
残業時間に応じた「メリハリ」というなら、時間外勤務手当制度を導入すべきですし、また、「能力実績」に応じた処遇というなら、キャリアの蓄積を踏まえた経験年数等の客観的指標による上位級昇給を要求します。
子どもと向き合う時間を確保するために
「骨太の方針2006」での縛りがあるなかで、教職員定数増にむけての施策が困難になっており、地域のボランティア等の活用に一定の有用性はあります。また、子どもたちがさまざまな悩みを抱えながら登校してきている中では、スクールカウンセラーの全校配置もすすめられるべき重要な課題です。
しかし、同時に、導入されたところでは、「連絡・調整のための負担等が増え、かえって多忙化の要因になっている」「(パソコンの)専門家であっても教育経験がないため、子どもとの関係でトラブルが生じている」などの問題もでています。また、地域の人が関わることから、子どもたちの個人情報という点からも心配があります。少なくとも、外部の専門家や地域のボランティアの導入にあたっては、教職員の理解と納得が決定的な条件だと考えます。現状を改善する基本は、あくまでも教職員定数増にあります。
また、この間、多忙化をすすめている要因の一つとして、非正規教職員の増加があります。非正規教職員一人ひとりは、もちろん、全力で教育にあたっていますが、打ち合わせ時間の制約や会議出席の問題などがあり、学校全体で問題や課題を共有した上で対応していく点で難しさがあります。
一方、「教員の子どもと向き合う時間を確保し、教育に専念できるようにする」ことをめざす一環として、「事務の共同実施」がすすめられています。事務職員の体制強化によって改善できる点はかなりありますが、現実には、学校からの事務職員の引きあげになっています。そうした中で、教員にとっては、知事部局主導ですすめられている「発生源入力」システムなどが、新たな多忙を生みだすものになっています。また、登下校時の子どもたちの安全確保のための業務など、保安的な業務等にかかわる職員の体制強化も必要です。
教職員の協力・共同でささえる学校運営組織をめざして
学校が組織として問題解決にあたるためには、校長を中心として、すべての教職員が協力・共同することが不可欠です。現在、そうした体制を困難にしている根本的な原因は、長時間過密労働が恒常化する中で、会議や打ち合わせに十分時間をかけられなくなっていたり、職員会議の形骸化ともあいまって、教職員が心を合わせて組織的に対応することを難しくしているところにあります。
特に、教育行政が校長をとおして教職員をランク付けし、処遇とリンクさせる「教職員評価」は、校長と教職員の関係を対立関係にし、力を合わせて問題解決にあたるべき教職員に無用の格差を持ち込み、協力・協同の関係を困難にするものです。
また、主幹教諭等の新たな職の設置によるピラミッド型の運営体制は、教職員相互の意思疎通を欠き、学校として抱えている問題や課題を教職員全体で共有して解決していく上でマイナスにしかなりません。新たな職の設置は、約4分の1の府県で導入されていますが、東京では、希望者が集まらず、予定した主幹定数が充足できていないのが実態です。新たな職の設置によってうまくいっているとはいいがたいのではないでしょうか。
こうしたことから考えると、学校が組織として問題解決にあたる体制の構築のためには、まず、学校の運営体制の基本を構成している校務分掌上の係・委員会および学年会等が民主的に機能していくこと、そして何より職員会議が真に教職員の協議の場となっていくことが重要です。
最後に、学校現場では、この間の恒常的な長時間過密労働の結果、休職者統計以上に実態として精神性疾患が急増しています。これは人的にも財政的にも大きな損失です。時間外勤務の縮減にむけた具体的な諸施策の推進を軸に据えた教職調整額の見直しをおこない、学校現場でひたむきに奮闘している教職員を励ます制度となるよう、心から要望するものです。
以上