『クレスコ』

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クレスコ

〈2025年1月号 12月20日発行〉

【特集】障害のある人のいのちと尊厳―優勢思想をのりこえる

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【見解】『旭川学力テスト事件大法廷判決からみた学力テストの問題点――全国一斉学力調査と個人情報保護をめぐる法的問題Ⅱ――』

 全教常任弁護団は、本年実施される全国一斉学力テストが、個人情報保護法等の個人情報保護の立場からみて重大な疑念のあることを明らかにしてきました(見解『全国一斉学力調査と個人情報保護をめぐる法的問題』3月20日付)。本稿では、あらためて、全国一斉学力テストについて、旭川学力テスト事件大法廷判決からみても、個人情報保護法上、極めて大きな問題を孕むものであることを指摘しています。


2007年 4月18日 全日本教職員組合 常任弁護団

 当弁護団は、本年実施される全国学力テストが、個人情報保護法等の個人情報保護の立場からみて重大な疑念のあることを明らかにしてきた。本稿では、あらためて、全国学力テストについて、旭川学力テスト事件大法廷判決からみても、個人情報保護法上、極めて大きな問題を孕むものであることを指摘する。 

1 遵守されるべき旭川学力テスト事件大法廷判決

 全国学力テストに関しては、昭和51年5月21日、旭川学力テスト事件大法廷判決がある。この判決は、文部省(当時)の企画等と教育委員会の実施行為とを区別して、後者の行為を合法とした。結果として学力テストの実施を認めることとなり、その論理には十分な説得力はなく、批判されなければならない内容となっている。しかしながら、当時の文部省の関与について違法と結論したこと、そのことは、今回の学力テストの実施にあたって、重要な指針とされる意義を有している。
 すなわち判決は、当時の文部省が、学力テストを企画、立案し、実施を要求することにつき、次のとおり違法と判断している。
 「地教行法54条2項が、同法53条との対比上、文部大臣において本件学力調査のような調査の実施を要求する権限までをも認めたものと解し難い」
 「文部大臣は、地教行法54条2項によっては地教委に対し本件学力調査の実施をその義務として要求することができないことは、さきに三において述べたとおりであり、このような要求をすることが教育に関する地方自治の原則に反することは、これを否定することができない。」
 今回の学力テストについて、文科省は、全教との交渉の場で、平成19年4月12日、この旭川学力テスト事件大法廷判決を遵守すると表明している。文科省は、遵守の内容として、学力テストに参加するかどうか、各地の教育委員会の判断に委ねられているとしている。
 ところで、学力テストの実施の有無が、各教育委員会の自主的判断に委ねられているとすることは、それ自体は重要なことである。しかしながら、旭川学力テスト事件大法廷判決は、参加するかどうか、各地の教育委員会の判断に委ねられている場合、その実施が全て合法化されるといった簡単な内容ではないことが指摘されなければならない。本件学力テストの実施にあたって、旭川学力テスト事件大法廷判決からみて違反することがないかどうか、文科省が遵守すると表明している立場からみて、十分な検証が必要とされる。中でも、新しく浮かび上がった問題として、個人情報保護法が制定されて、個人情報の保護が法益として認められた現在において、旭川学力テスト事件大法廷判決と個人情報保護との整合性につき、新たに検討される必要があるのである。 

2 大法廷判決の意味する内容

(1) 同判決は、学力テストにつき、教育法制に沿って十分に検証されなければならないとして、その学力テストの全体像において検討されなければならないとしている。
 「原判決は、本件学力調査は、その目的及び経緯に照らし、全体として文部大臣を実質上の主体とする調査であり、市町村教委の実施行為はその一環をなすものにすぎず、したがってその実質上の適否は、右の全体としての調査との関連において判断されなければならないとし、文部大臣の右調査は、教基法10条を初めとする現行教育法秩序に違反する実質的違法性をもち、ひいては旭川市教委による調査実施行為も違法であることを免れない、と断じている。本件学力調査は文部大臣において企画、立案し、その要求に応じて実施されたものであり、したがって、当裁判所も、右調査実施行為の実質上の適法性、特に教基法10条との関係におけるそれは、右の全体としての調査との関連において検討、判断されるべきものとする原判決の見解は、これを支持すべきものと考える」
 判決は、結論としては、文部省の違法な企画、立案、要求と、各教育委員会の実施行為とを区別して、各教育委員会自体が学力テストを実施することは違法ではないとした。しかし、この判旨にあるとおり、全国学力テストが、「文部大臣において企画、立案し、その要求に応じて実施され」ることは、「教育に関する地方自治の原則に反すること」としたのである。そうであるならば、教育委員会の判断の自主性がそこなわれるかどうか、そのことは調査全体の違法にかかわる問題となる。また、全国学力テストに参加するかどうか、その判断が形式的なもので、実質的に判断されていない状況にある場合には、そのような企画・立案・要求のもとで実施される学力テストはその全体において違法とされなければならないと考えられることとなる。
 本年の学力テストは、テストの集約、採点、評価とそれらの全体が文科省の主導のもとで実施されるのであり、「教育に関する地方自治の原則に反する」とされる事態はさらに拡大しているのである。
 
(2) 同判決は、文部大臣の関与について、地教行法54条2項を根拠にして、学力テストの実施を各教育委員会に要求することはできないとし、地教行法54条2項による文部大臣の権限は、教育委員会が実施した学力テストの結果を入手しうることにとどまるとしている。旭川学力テスト事件大法廷判決に立つ限り、学力テストの実施主体は、各教育員会である。
 この判断は、「調査結果の整理集計は、原則として、市町村立学校については、市町村教委が行い、都道府県教委において都道府県単位の集計を文部省に提出するもの」との実施態様によることを前提としてなされている。本年の学力テストのように、文科省主導のもとに、すべてのテストが、そのまま文科省に集約されて、それらの全てが、民間の営利企業に提供されるといった乱暴な措置は全く前提とされていない。
 この旭川学力テスト事件大法廷判決の意味するところを、個人情報保護法の立場からみると、個人情報を第1次時的に取得して、その保護をはかる安全管理責任者は、各教育委員会であるということである。同時に、そのことは、文科省が、「都道府県単位の集計を文部省に提出するもの」として取得される以上の個人情報を保有することは認められないことを意味しているのである。
 
(3) 同判決は、学力テストの実施目的についても、注意深く限定を行っている。
すなわち、判決は、学力テストの実施目的につき、個々の生徒に対する教育の一環としての活動と明確に区別して、全国中学生の学力の一般的調査であることとしているのである。
 
 「学力調査としての試験は、あくまでも全国中学校の生徒の学力の程度が一般的にどのようなものであるかを調査するためにされるものであって、教育活動としての試験の場合のように、個々の生徒に対する教育の一環としての成績評価のためにされるものではなく、両者の間には、その趣旨と性格において明らかに区別があるのである」
 
 この判旨からみても、本件学力調査は、「全国中学校の生徒の学力の程度が一般的にどのようなものであるかを調査するためにされるもの」でなければならない。氏名、出席番号まで明示した悉皆調査は、この目的を逸脱していることになる。また、このことを、個人情報保護法の立場からみると、文科省は、「全国中学校の生徒の学力の程度が一般的にどのようなものであるかを調査するため」という目的以上の個人情報の保有は、一切認められないこととなる。
 
(4) 更に判決は、学力テストが、学力の一般的調査の場合に認められるとして、その場合でも「許された目的のために必要な範囲において、その方法につき法的な制約が存する場合にはその制約のしたで、行われなければならず、これに違反するときは、違法となることを免れない。」としていることが重要である。「許された目的のために必要な範囲」を超えてはならないことは記述のとおりであるが、「その方法につき法的な制約が存する場合」としては、当然、その制約の中に個人情報保護法制が組みこまれることになるからである。 

3 問題となる本件の実施態様

 この旭川学力テスト事件大法廷判決からみて、今回の学力テストの実施態様は、前記のとおり、極めて問題とされなければならない。その上で、個人情報保護の見地から再度問題点を指摘したい。
 
(1) 判決は、地教行法54条2項によって、文科省が、市町村教委が行った整理集計した結果を、都道府県教委から都道府県単位で提出される情報を入手する場合を認めている。しかし、そのことから、本年の調査のように、文科省主導のもとに、すべてのテストが、文科省に集約されるということを容認することにならないことは明らかである。
また、各生徒のテスト結果を、文科省が全て集約するということは、「全国中学校の生徒の学力の程度が一般的にどのようなものであるかを調査するためにされるもの」という目的を超えた、個人情報の保有ということとされる。そのことは、行政機関等個人情報保護法3条のいう目的外の保有の禁止、最小限保有という原則からみても、違法である。全生徒の各人別の情報保有が文科省に認められる余地はないとされなければならない。
 
(2) 民間の営利企業に、試験のすべてを提供することの問題点は、これまで論じてきたとおりである。その上で、指摘されるべきことは、個人情報の安全管理責任の所在である。ベネッセ等と契約して、ベネッセ等へ提供して、個人データの返却、破棄、削除の実施、複写の禁止、盗用の禁止を監視する主体は誰かという問題である。
仮に、学力テストを実施して、個人情報を取得することが、教育委員会にみとめられたとして、その個人情報保護の安全管理は、当該教育委員会が責任を有すべきことである。各教育委員会が責任を持たないことは、安全管理義務違反である。
 再三私的するとおり、旭川学力テスト事件大法廷判決は、学力テストを文科省が企画、立案、要求することにつき違法であるとして、各教育委員会がその判断において実施する形態においてかろうじて違法ではないとしたのである。その文科省が、安全管理措置を教育委員会に代行するなどということは法が全く予定していないところである。

4 重要な情報の開示と教育委員会の責任

 旭川学力テスト事件大法廷判決は、学力テストの実施が教育委員会の判断と責任において実施されるものであることを明らかにしている。そのことから、緊急な事態を前にして、特に各教育委員会の責任について指摘をしたい。
 まず、今回の学力テストの実施が、各教育委員会の自主的な判断で実施されていることを、理由を示して、市民、父母、生徒に対して、明らかにしなければならない。
 次に、各教育委員会は、個人情報保護法体制のもとで、学力テストの実施目的からみて、氏名、出席番号当、各人を特定したテストの情報保有が個人情報保護法のもとで許されること、そして、教育委員会自身の固有の責任として個人情報の安全管理措置を徹底していること、それらを、各生徒、保護者に説明責任を果たさなければならない。そのことは、行政機関等個人情報保護法4条が「あらかじめ、本人に対し、その理由目的を明示しなければならない」と求めているところである。
 しかしながら、そのような説明責任が果たされ、生徒・父兄に対して、教育委員会が責任をもって理由目的を明示したとは思えない事態が、現在に至っても続いている。結果として、旭川学力テスト事件大法廷判決の法理に反し、個人情報保護法制上の疑念が払拭されない場合、拙速にして、疑念の多い、今回の学力テストの実施は中止し、延期されなければならないこととなる。
 なお、本意見書では、教育委員会の責任について主要に論じている。しかし、文科省が実施主体となり、各地教育委員会は参加にとどまるという、今回の実施の方法そのものからみると、旭川学力テスト事件大法廷判決からみても、個人情報保護法違反ということにとどまらず、旭川学力テスト事件大法廷判決の結論が一歩進められて、本学力テスト全体が、違法性を有するものとなりうることを、念のため、指摘しておきたい。

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